苦虫を噛みつぶしたような表情で、庭の隅から見つめているワーグナーに出会いそうだ。もとより、総合芸術とオペラを位置づけたワーグナー。台詞と演技と歌唱を一体化させるために、メロディーラインでなくライトモチーフとして台詞のように歌い演じる。その理想の上演の場としてバイロイト祝祭歌劇場を造り、夏の間だけ、しかも上演される作品はワーグナー自身の歌劇とベートーヴェンの《第9交響曲》だけと定めた音楽祭を開いた。
数年前に運営の権利は公共のものとなったけれども、上演に関しての一切はワーグナーのひ孫たちが取り仕切っています。
さて、苦虫を噛みつぶしている。だろうなと思うのは、近頃の新演出にはブーイングが必ずつくことです。衛星回線を使った生中継も行われるようになりましたけれども、NHK交響楽団の定期演奏会も同様に映像を含めた放送は初日の上演では行われない。
『今年も新演出は、ブーイングが飛んだってよ』という便りが届いてイメージするばかり、耳で聴く音楽だけでは歌手たちの歌唱は水準が高くなってきています。ワーグナー歌いの新しい時代だと感じているのに、演奏が終わったら盛大にブーイングがわき起こる。
そこで何事かと思ってしまうのだけれども、今年新演出だった《タンホイザー》も同様。類に漏れず、ブーイングがわき起こった上演だったようです。クーリエは5つ星評価の二つしか評していません。
バイロイト音楽祭は、上演の膜間に1時間半以上の休憩があります。《タンホイザー》も夕方から上演が始まって、三つの膜間にはそれぞれ長い休憩時間があった。この間に、トイレに行ったり食事をとる。庭園に出て庭の散策を楽しむ、社交場としての働きはとても大きい。まぁ、人と顔あわせるのは苦手だという人にワーグナー好きはいないようだ。
さて、今回の《タンホイザー》の演出家は全3幕を一気に演奏させたかったようです。それでは休憩時間に食事が取れないからレストランが稼げない。
演出家としては、《さまよえるオランダ人》が全1幕上演もあるので注文を受ける筋合いじゃない。と不満を漏らしただろう。音楽祭の演出を総監督しているワーグナー側から、説明があったのだとしてもアーティスティックなクレームではなくてレストランからだと言われちゃ、目が点だろう。開いた口には、美味しいクリームで口直しされただろうか。
ワーグナー家に全権があった時代だったら、受け入れもされたでしょうけどレストランでの収入は音楽祭運営には大きく作用するのだから致し方のないところでしょう。どれほどの芸術も泣く子と食べ物には叶わないのです。これまでは、アバンギャルドな演出でもワーグナー家の人たちが面白いと思えばゴーサインが出ていたのだから、演出家にも意識の変化が必要かもしれません。望む食材で料理ができる時代ではなくなるのです。
又、指揮者は今回バイロイト初登場となるトーマス・ヘンデルブロック。DHMでの、ピリオド楽器での《さまよえるオランダ人》は面白いものでした。彼はドレスデン初演版での演奏を考えていたようで、バイロイト音楽祭では常にしていないと言うことで断念を強いられた。そのあたり、気のない指揮となったのかもしれない。しかし、歌手たちの出来は十分すぎるものです。
今夜9時からNHK-FMでは、年末恒例の「バイロイト音楽祭」、今年は5つの演目を放送します。
音楽祭総監督ウォルフガング・ワーグナーを継いだ二人の娘による音楽祭運営も3年目に入り、新たな潮流が生まれつつあります。今年は注目の5作品が上演されました。
今日は新演出の《タンホイザー》です。